生態経済学

 近年、地球環境問題はますます深刻になりつつあります。地球温暖化、化石燃料の枯渇、オゾン層の破壊、森林減少、生物種多様性の喪失、工業化と越境型酸性雨、水汚染、洪水や砂漠化等、その問題は広範かつ多様です。人類誕生以来200万年、人間は地球が育む「生命圏」の中で、他の動植物と共に暮らしてきました。しかし、「産業革命」を契機として、人類の経済生活は大きく変化するようになります。自然からの資源を生産活動に利用する(工業化)ために機械類を発明し、枯渇性の化石燃料をエネルギー源として大量に導入することによって、生産力や生産効率を飛躍的に拡大してきました。

 他方、「経済的自由主義」、すなわち市場経済制度のもとで、国内市場では「自由競争」、国際市場では「自由貿易」が最も効率的な市場システムとされ、一面では生産物の量と質において飛躍的な成長を遂げてきたのです。しかし、そのことは、市場経済に経済格差や「経済的弱者」を生む結果を招きました。さらに、市場経済のグローバル化は、経済学が実は無限と見なし「与件」として扱ってきた地球環境に重大な影響を与えてきており、それが経済活動に反作用を引き起こす社会現象となっていることも多くの科学者によっては明らかにされてきています。
現在も日々刻々と地球環境の破壊が進む中で、経済学は今後どうのうにこの課題に取り組むべきかを真剣に考えなければなりません。そのことは、とりわけ自然環境に依存した開発途上国の多いアジア諸国でのフィールド調査ではっきりと認識することができます。

 環境と開発に関する世界委員会が『地球の未来を守るために (Our Common Future) 』において提唱した「持続可能な開発(Sustainable Development)」は、現代世代の文明を将来世代も享受できるように、また先進国の文明を途上国の人々にも享受できるような制度設計するための対話の場を形成しています。そのための経済学的基礎を築くために、経済学者は、環境と開発の共生、生態系と経済系の接点に対する接近法や判断基準をいかに形成すべきかという問題を考えなければならない時代に立たされています。

 生態系と経済系の問題を考える上で、まず私たちは地球生態システムについて理解しなければなりません。物理学者のI.プリギジンや経済学者のN.ジョージェスクレーゲンらの熱力学の視点から見ると、地球は、エントロピー法則の支配の下で自己組織化された機構を形成しています。つまり、物質やエネルギーは生産過程で有用財として使用価値(効用)を産み出し、消費過程でそれを支出することによって有用性を消失しますが、物質の質量としては消滅したのではなく、形態を変えて非有用物となって自然界のどこかに保存されているのです。このエントロピー法則に従うならば、地球環境問題とは、経済活動により物質やエネルギーを再利用不能な形態で散逸させ、地球環境を人為的に変化させ、生態系を破壊し、人類の生命維持に危機をもたらすような現象であると言えるでしょう。この自己組織化された地球生態システムを図式化すると次のようになります。

 図:生態的循環と物質収支

 経済循環システムでは、国民所得Yは、Y=C+Iの水準で活動しています。他方、物質収支では、適当な測定単位を使い簡単化して表すと、M+E=Y+W+Ewp+Ewcと書くことができるでしょう。この物質収支式を書き換えると、Y=(M+E)-(W+Ewp+Ewc)となります。この式は次のような含意をもっています。有限な地球においては、エントロピー法則の「不可逆性」に従うと、生産・消費活動を通じて(M+E)は利用可能な形態では次第に減少していきます。つまり、(W+Ewp+Ewc)は経済的にみればただの不要になった資源ですが、物質的には質量不変であって自然部門に吸収され、水循環や微生物の作用など様々な物質循環作用を通じて再び別の資源に自己組織化していきます。しかし、それが再び有用な資源になるには、自然のままの自己組織化では膨大な時間を必要とします。さらに地球生態システムを考えるうえでは、自然の許容量(capacity)および物質的生態的循環能力の有限性の問題についても考慮しなければなりません。廃棄物を収容できる空間は限られており、また自然界に排出された廃棄物は、その量が膨大となった今日において、自然のままではすべて再資源化することができなくなっているのです。

 こうした状況を基礎に、生態経済学の課題は、地球の自然的自己組織化のメカニズムを科学的に理解し、地球環境問題を生み出す諸要因について制御するとともに、それを人為的に再循環させる機構や制度を創出することにあります。かつて、英国の経済学者A.マーシャルは「生産」について次のように述べていました。

 「人間は、物質的な世界では、物質的な事物を創造できない。精神的・道徳的な世界においては、人間は、新しいアイデア(new ideas)を生産することができる。」

 宇宙船地球号を持続させてゆくためには、われわれは「エコロジー(生態学)」と「エコノミクス(経済学)の共生」を推進し、途上国の伝統的な生活様式や文化から学び、新しい「アイデア」、とくに地球にやさしい「知識」を生産してゆかなければなりません。さらに、それらを「情報」として蓄積し、「教育」を通じて途上国にも伝達する機構や制度を開発する必要があります。

 このような理念の下で、緒方研究室では「研究に基づく教育」を柱とした「福祉の経済学」と「生態経済学」による生態系と経済系の統合を進めながら、「アジアの地球環境プロジェクト」としてアジアに応用研究の場を求め、政策提言を行っています。

(参考資料)
緒方俊雄(2002)「持続可能な開発と環境の経済学序説」『経済研究所年報』第32巻
緒方俊雄(2002)「地球環境と生態経済学」『経済学論纂』第42巻第5号
T.Ogata,2003,‘Employment and the Environment in Ecological Economics’Journal of Economics, Chuo Univ. March, Vol.43,No.5.
T.Ogata,2005,‘Ecological System & Social Development in Asia: Ecological Economics of Sustainable Development’,Bulletin of Institute of Economic Research, Vol.35.

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